ちょいとしたワケがあって、短めの仏教ネタ動画を視聴。
う~ん、これは、、、ウ~ム、といった感想。
つまり、「この動画って信用できるの?」と言いたいわけです。
その動画は、『空海の真言 たった3文字で 心が軽くなる、、、』というもの。
一分ほどのショート動画中で、仏教用語のひとつである「阿羅漢」が、心を軽くする「真言」だと解説している。
ちょっと待ってよ、なんで「阿羅漢」が「真言」なんだよ!
浅学菲才の身ながら、ブログで仏教ネタを公開することもあり、仏教関係の知識も些少は持ち合わせているつもり。
あくまで「つもり」ですが。
こちらの知る範囲では、阿羅漢とは真言ではなく、修行者の到達しうる最高の「位」を表す言葉だと認識する。
また、その最高位の聖者のことも、阿羅漢と呼ぶ。
とまあ、通常は前段のような解説がされているはずなんだが、当方の勘違いでなければ。
それがね~、その動画では「阿羅漢は心を軽くする真言です」みたいな説明をしております。
こっちが不勉強なのかな、、、、
しかし、普通に考えて、空海が「阿羅漢」を高評価するなんてありそうにない。
それは何故かと言いますと、空海にとって究極の境地は真言密教の世界。
周知のように、阿羅漢とは小乗仏教(上座部)における最高位。
空海にとって、小乗仏教は歯牙にもかけたくない存在。
以前もブログネタにしたように、空海は著書『十住心論』において様々な思想・宗教をランク付けした。
レベル1(煩悩まみれ)からレベル10(最高=真言密教)の10段階に分類・整理するなかで、小乗仏教はレベル4とレベル5に置かれている。
ちなみに、儒教はレベル2、ブービー賞でございます。
その下から二番目の儒教が、江戸時代には「正学」として君臨する。
厳密には、空海の時代の儒教と江戸幕府の儒教(=朱子学)は同一ではないけれども。
朱子学が誕生したのが、12世紀のことだから。
話が流れてきたぞ、例によって、ハハハ。
とにかく、空海が阿羅漢を真言と見なしていたはずがない。
そもそも、真言とは呪文のこと。
レインボーマンが「おんただぎゃとーどはんばやそわか」と唸っていたアレ、アレが真言。
ホント、大丈夫か、あのショート動画。
視聴した人たちには「阿羅漢は真言ではありませんよ~」と伝えたいですね。
でも、もし、当ブログの勉強不足だったら、どうしよう。
その時は、すぐに謝ります。
ただ、「阿羅漢」という言葉を唱えて、本当に心が軽くなるのなら、それはそれでいいのでは。
知識の正誤と実効性の有無は別物ですから。
もし、「阿羅漢 阿羅漢 阿羅漢」と声に出して、心の平安を得られるのなら、これほど簡単で安上がりなことはない。
私もやってみようかな、な~んてね。
と、オチにならないことを書いて、本記事を締めましょう。
お後がよろしいようで。
追記
本来は真言ではない言葉を唱和することで現世利益が得られるのなら、その言葉が呪文化(=真言化)したと解釈することも可能。
その立場からすれば、「阿羅漢」を「真言」と主張することもアリか。
あと、レインボーマンについては「あのくたらさんみゃくさんぼだい」の方が、はるかに認知度が高かったな~。
もちろん、「阿耨多羅三藐三菩提 あのくたらさんみゃくさんぼだい」」は元々は、仏教の重要用語ではあるが、普通は「真言」とは呼ばれない。