専門外の識者が語る日本史のほうが正鵠を得てたりなんかして、、、

戦前の二・二六事件を教科書・参考書等で学んでも、その真相・深層はピンとこない。
最近のテキストには、陸軍内部の皇道派と統制派の対立云々の記述もあるようだが、、、

ところが、日本史専門外の学者や識者の大胆な説明や解釈を読むと、一瞬にして「目から鱗」になることが多い。
一般に、特に左派・リベラルの解説では、戦前は国家主義や軍国主義の時代だと呼ばれている。

しかし、叛乱将校の唱えた「昭和維新思想」とは、皇室と民衆とを直接結び付けようとするものであった。
要は、元老とか華族とか地主とか資本家などの中間階級は不要で、皇室と勤労民衆を直結する社会を目指したもの。

ある博識な大学教授(専門は語学)は以下のように指摘する。

*戦前の右翼思想の内容は皇室を仰ぐ共産主義といったものだ。
*当時の右翼の綱領は、皇室の取り扱いを除けば、共産主義のプログラムとほとんど変わらない。
*従って、国家主義者とか軍国主義者というレッテルは当てはまらず、彼らはあくまで「右翼の社会主義者」である。

上記の説明を目にした時、すんなり腑に落ちたというか、目が覚める思いがした。
と同時に、左派学者の言う「天皇制ファシズム」などという用語が、いかに浅薄でインチキ臭いかということを再認識した。
つくづく、左派やリベラルは勉強不足。

さて、「そっか~、戦前から左翼思想がかなり浸透してたんだな」などと思いつつ、ある日、地政学の入門書を読んでいると、その関連情報に遭遇した。
地政学の分野で有名な大学教授は、日本へのマルクス主義の導入ルートとして3つを挙げている。

*川上肇などを代表とする講壇マルクス主義
*シベリア出兵から兵士が持ち帰ったもの
*コミンテルンの対日工作

さらに、その著書を読んでいくと、二・二六事件の精神的指導者である北一輝がロシア革命に影響を受けていた事実が挙がっている。
北一輝が学校での英語教育を全廃し、代わりにドイツ語を採用する主張をしていたことも、その本で初めて知った。
その理由は、当時の左翼文献のほとんどがドイツ語を通じて日本に紹介されていたからだという。

大変わかりやすい構図である。

*北一輝が左翼思想に染まっていた
*反乱将校の理論的支柱は北一輝の日本改造思想(=右翼社会主義)
*皇室を民衆を直結し、その中間層(資本家・華族等)を排除した社会を建設しようとした

ここで、遅ればせながら、読んでみたいと思う常連さんのために著者と書名を以下に。
中公新書から出ている、曽村保信『地政学入門 外交戦略の政治学』でございます。

タイトルにも示したように、案外、日本史を専門としない学者のほうが正確な見取り図を描くことができるのかもしれない。
ひとつには、日本史専攻の研究者は、断定を避け、慎重な言い回しをする傾向があるからか、、、

しかし、日本史学者さんたちには悪いが、二・二六事件の背景や戦前の国民感情に関しては、専門外の研究者の方が正確に分析しているような気がする。

繰り返すが、「軍国主義」とか「国家主義」とか「天皇制ファシズム」とかのレッテルを貼って、戦前を理解した気になるのは極めて知的怠慢といえるだろう。
左翼さん、リベラルさん、もっと頑張ってくださいませ。

では、本記事はこのあたりで締めるとします。