さて、突然ですが、次の文章の空欄に適当な語句を入れてください。
*頼朝の死後、幕府内で実権を握ったのは、伊豆の( )出身の北条氏であった。
上の設問は、某有名私立大学で実際に出題されたものです。
常連の皆さん、何を入れますか。
磯貝老師には朝飯前の問題でしょう。
正解は、在庁官人(ざいちょうかんじん)です。
どうですか、この用語がすんなり頭に浮かびましたか。
*在庁官人とは
在庁官人とは国衙(こくが)の実務を担当した地方官僚のこと。
国衙は地方官庁のことで、現代で言えば県庁舎や市庁舎のことですね。
ちなみに、国府(こくふ)というのは国衙を含む地方都市全体と考えればいいです。
この辺はわりと面倒くさいのですが、国司が中央から任命される一国の長官で、国司のもとで実務を担当したのが在庁官人と一般には説明しています。
ということで、北条氏は伊豆の在庁官人として力を蓄えていきます。
基本、国司には任期があり中央に戻りますが、在庁官人は地域に根付いた存在だから、代々世襲で地元で力を付けて在地領主、さらには武士に成長するものも現れてくるわけです。
こんな感じで、進めていくとキリがありませんから、もう一問。
以下の文章の空欄に入る上皇の名を答えてください。
*承久の乱後、幕府は大田文を作成させて軍役を課する際の台帳とし、また、( )の皇子を将軍にむかえて幕府を権威づけた。
問題文中の「大田文」に関しても、設問がありますが、ここでは割愛します。
では、常連の皆さん、正解だと思う上皇名を頭の中に浮かべてください。
どうです、チト難問でしょ。
では、正解を、、、、、
答は、後嵯峨上皇です。
鎌倉幕府は後嵯峨上皇の皇子宗尊(むねたか)親王を将軍に迎えました。
これを皇族将軍とか親王将軍とか呼ぶんでしたっけ、確か。
この皇族将軍は以後4代続きます。
もちろん、実権はなく、名目上の将軍に過ぎません。
北条氏が幕府の権威付けのために、名前だけの将軍をお飾りとして利用したものでしょう。
なんせ、北条氏自身は最初の設問にもあるように、たかが在庁官人上がりですから。
ん、こんなこと書くと「差別だ! 人権問題だ!」と左巻きの連中から責められるかな、ハハハ。
それでは、北条氏の名誉のために蛇足説明を、、、
北条氏は平氏でございますので、決して卑賤の出ではありません、念のため。
今回のネタは、例によってBOOKOFFで仕入れた古本。
大学入試用の日本史問題集です。
歴史には関心があるので、休肝日の就寝前読書には日本史モノをよく手にとっております。
ただ、歴史関係の新書や時代小説を読むのと、入試問題を解いてみるのは頭に与える作用がかなり異なるようです。
受験生ではないのに、日本史問題集を目前にすると、ちょっとだけ構えてしまいます。
常連の皆さんは、そういう経験はありませんか。
え、「いい年こいて、入試問題を眺めるのはお前だけだ!」ですか、、、
はは、そうかもしれませんね。
まあ、それでブログネタが一つできたのですから、よしとしております。
あと、設問に取り組むことで、記憶に残っていなかった用語や史実を再確認できるのはありがたいですよ。
ということで、本記事はこのあたりで締めとします。
常連の皆さん、いつも最後までお読みいただきありがとうございます。