1861年のロシア軍艦対馬占領事件(ポサドニック号事件)は日本史教科書に載っているんだろうか?

時は幕末、文久元年(1861年)に起こった重大事件。
ロシア軍艦ポサドニック号が対馬の尾崎浦に侵入し、勝手に測量を始めた。
ならずもの国家ロシアのやりそうなことだ。

ポサドニック号が尾崎浦に投錨し、居座り続けたため、当時の津島藩主・宋義和は重臣を派遣して抗議するも、ロシア側はのらりくらりの対応でお茶を濁した。

日本側をなめきっていたのか、ロシア海軍兵たちは芋崎に上陸し、兵舎の建設を開始する。
対馬藩内では、武力を用いて排撃すべしとする強硬派と戦闘を避けようとする穏健派とで意見が分かれた。
その後、ロシアの乗組員らは、兵舎だけではなく波止場、砲台場、鍛冶場、家畜小屋なども建設し、さらには井戸を掘った。
占領・定住する気満々である。

さて、その後の経緯は?
驚くことに、このならず者たちは対馬の一部を、なんと半年間も不法占拠したのである。
幕府は、その間、何をしていたのか?

徳川幕府は箱館に駐在していたロシア総領事にポサドニック号退去を要求したり、現地・対馬に外国奉行を派遣して事態収拾に努めようとしたのだが、、、
ちなみに、この外国奉行こそ、令和9年度NHK大河『逆賊の幕臣』の主人公である小栗忠順その人である。
この人物に関しては、改めて記事を作成したい。

半年間の不法占拠中に、ロシア人たちは優勢な兵器・装備にものを言わせ、対馬住民を脅し、または懐柔していく。
長期滞在するための木材、牛馬、食料、薪炭などを強奪し、婦女子を脅かしたり、遊女を要求する等の傍若無人ぶり。
野蛮なロシア兵に腹を据えかねて、勇敢な男性二人が率いる村人たちが敢然と立ち向かったが、銃撃されたり、拷問を受けて命を落とした。

犠牲者の二人、松村安五郎さんと吉野数之助さんは、後に戦死者の待遇を受け、靖国神社に合祀された。

結局、対馬藩も幕府も有効な対策を打てず、難局を打開したのは大国イギリスの介入であった。
イギリス公使オールコックと幕府が協議した後、イギリス東洋艦隊の軍艦2隻が対馬に向かう。
イギリス海軍の示威行動を見て、形勢不利と判断したロシアは対馬に別の軍艦を派遣し、対馬に居座ろうとするロシア海軍指揮官を説得したため、ポサドニック号は対馬から退去した。

当ブログはつくづく思う。
武力の裏付けのない外交は無力だと。
これは、19世紀も21世紀も変わらない事実だろう。

イギリスの介入がなければ、その後もロシアは対馬を不法占拠し続けたであろう。
北方領土の現状を見れば、ロシアのやり口が一貫して「力による現状変更」であることは明白だ。
無論、イギリスの干渉は善意からではなく、隙あらば対馬をイギリス領にする狙いだったはず。

この日本史上で極めて重大な事実である「ロシア軍艦対馬占領事件」は、日本史教科書で取り扱われているのか?
高校で日本史を履修する生徒は、この一種の「国難」を教師から教わっているのだろうか?
一歩間違えば、日本固有の領土をロシアが呑み込んでいたかもしれないのだ。

当時の幕閣や明治新政府の指導者にとって、ロシアとは平然と他国の国土を奪う無法者である。
19世紀の日本は、常に欧米列強、とりわけロシアの侵攻を警戒し、その強大な軍事力に恐れを抱いていた。
英、米、仏や独にしても遠く離れており、しかも海を隔てているからまだしも、ロシアと朝鮮半島は陸続きであり、対馬や九州は目と鼻の先にある。

幕末以来、日本にとって最大の脅威はロシアの南下政策であった。
1861年に対馬をロシアに占領されかけた危機感が、明治政府の内政と外交に大きな影響を与えている。
その文脈を理解すれば、日本が「富国強兵」の旗印のもと、近代化を急いだ動きがすんなりと腑に落ちるであろう。
明治政府が朝鮮に開国を迫ったのも、欧米諸国、とくにロシアの朝鮮進出を恐れたからだ。

もし、明治初期にロシアが朝鮮を侵略し、一部を占領するなり、軍港を確保していたならば、再び対馬を侵略し、さらには九州に侵攻してきた可能性もある。
西郷隆盛や板垣退助らが「征韓論」をとなえたのも、もとをただせば、ロシアが朝鮮を植民地化する前に、日本同様に開国し、近代化の道を朝鮮に歩ませようとしたからだ。

この辺の事情を念頭に置かないと、ただ単に「西郷や板垣らは征韓論に敗れて下野しました」と聞かされても、ピンとはこないはずだ。
1861年の「ポサドニック号事件」を授業で取り上げてこそ、高校生や受験生にとって「征韓論」関連の史実が容易に理解できると思う。

タイトルにしたように、このロシアによる対馬不法占拠事件が、高校生用の日本史教科書に記載されているか否かは、不勉強にして当ブログは知らない。
また、折を見て調べてから、その結果報告記事を作成するのもアリかなとは思うが、、、

では、本記事はこのあたりで締めましょう。
常連の皆さん、最後まで読んでいただきありがとうございます。