三島由紀夫作品を読まなかった理由はこういう次第、、、

ひとつ言わせてもらう。
三島由紀夫の小説を一編も読んだことがない!
って、自慢することか、ハハハ。

なぜに三島作品に触れてこなかったのか。
その答えは簡単で、今東光大僧正が三島の人間性を信用していなかったからだ。
自称・弟子としては、師が快くは思っていない人物の小説を読むわけにはいかない、な~んてね。
実は、ただ単に食指が動かなかっただけ。

では、ここで今大僧正の言葉を紹介する。

⇒「オレは以前『稚児』という小説を書いたことがある。その中に珍本が出てくるんだが、これが実際に叡山にある門外不出の珍本で、足利時代の本なんだ。
オレは坊主をやってた関係上、それでもかろうじて見ることができたくらいのもんだが、そいつを三島由紀夫がそっくり引用しやっがって、「見た」というようなことを書きやがった。
オレと会った時「いや、今さんのあれから引用したと書くのを、原稿を急がされたもんだから書かずに渡した」なんてごまかしやがってな、あの野郎。
オレはそれ以来、彼を作家としても、人間としても信用しないね」

上記の発言を、中学時代に読んだものだから、脳内に「三島由紀夫=信用できない男」とインプットされた次第。
今大僧正が信用しない作家に対する嫌悪感が芽生えたわけですな、作品を読んでもないのに。
読まず嫌いとでも申しましょうか。

ところで、最近、三島を高く評価する学者さんの本の中で、断片的に引用される三島の文章を目にした。
これが、結構難解でしてね。
その作品とは、三島の『豊饒の海』四部作。
三島論を展開する学者さんが、抜き出した部分の多くが仏教思想がらみ。

三島を高く評価する読者や評論家たちは、『豊饒の海』の中の仏教色の強い部分を正確に理解しているのだろうか。
例えば、以下のような文章である。

⇒「仏教を異教と分かつ三特色の一つに、諸法無我印というのがある。 仏教は無我を称えて、生命の中心主体と考えられた我を否定し、否定の赴くところ、我の来世への存続であるところの「霊魂」をも否定した。 仏教は霊魂というものを認めない」

⇒「しかし、ここに困ったことが起るのは、死んで一切が無に帰するとすれば、悪業によって悪趣に堕ち、善業によって善趣に昇るのは、一体何者なのであるか? 我がないとすれば、輪廻転生の主体はそもそも何なのだろうか?」

以上の引用部を読んでもらえれば、『豊饒の海』を理解するためには、仏教についての知識がある程度必要であることが明らかだ。

別に、三島を絶賛するファンを疑うわけではないが、本当に彼らは『豊饒の海』に頻出する仏教思想に通暁しているのであろうか。
磯貝老師や岡谷修行僧ならば、一読しただけで理解し、さらには注釈をつけることも可能であろうが、、、、

前段で「疑うわけではないが」と書いたが、本音を言えば、疑っているのである。
少なからぬ三島信者が、実は、仏教的な味付けがなされた『豊饒の海』を十分に理解しないまま、その難解さに幻惑されているだけなのかもしれない。
往々にして、人は小難しい文章をありがたがるものだ。

⇒「仏教が否定した我の思想と、仏教が継受した業の思想との、こういった矛盾撞着に苦しんで、各派に分かて論争しながら、結局整然とした論理的帰結を得なかったのが、小乗仏教の三百年間だと考えられるのである」

上の引用も三島の『豊饒の海』からだが、小説の一部というよりは仏教概説書からの抜粋のような印象を受けるだろう。
三島ファンの全員が仏教に造詣が深いとは考えにくい。
一部の三島崇拝者は、作品内に散りばめられた仏教概念・用語を十分に咀嚼せぬまま、貴んでいる可能性がありそうだ。

さて、先述の通り、今東光大僧正は自作『稚児』から三島が引用したにもかかわらず、それを誤魔化したことを強く批判していた。
今大僧正の三島に対する低評価の原因はそれだけだろうか。

以下は、当ブログの想像である。
もしかしたら、今氏は三島の『豊饒の海』に目を通していたのかもしれない。
そして、仏教の専門家である今大僧正からすると、三島の仏教理解が浅薄に思えたのかもしれない。
あくまで、当ブログの大胆な仮説である。

今氏は稀代の碩学である。
仏典については、旧漢文で二万巻を読破したとされる。
三島がいくら秀才とはいえ、こと仏教理解に関しては今大僧正に遠く及ばないであろう。
大僧正の目には、三島の仏教観が生半可なものに映ったのではなかろうか。

ということで、今東光大僧正が三島の『豊饒の海』を読破していたと仮定したうえで、勝手な空想を並べてみた。
根拠のない妄想をダラダラ垂れ流しても無益だから、本記事はこのあたりで止めておきたい。

万一、三島作品をどれか一つでも読む日が来たら、その感想でも書いてみよう。
常連の皆さん、今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。