アブ吉なのか、アブ太郎だったのか、それともアブ彦であったのかもしれない。
いや、雌雄を確認したわけではないから、アブ美かアブ代だった可能性もある。
まてよ、もしかしたら、「愛舞美」とか「彩芙蓉」とかの漢字を親アブから授かった可能性も否定はできまいて。
せっかく、両親の愛情をその一身に受け、すこやかに成長したのに、、、
天寿を全うすることなく、人家の中で命を落とすはめになるとは、、、
なんとも哀れなり。
って、おめえが悪いんだよ、アブ吉~!
こっちは、何度も外に逃がしてやったじゃないか。
自業自得とは、このことじゃい!
それは、5月31日の日曜日、午前中のこと。
朝飯は食べたし、天気も良く、気持ちのいい環境の中「さて、昼飲みには早すぎるから読書でもするか、それともDVDで洋画でも楽しむか」と思案中。
居間の窓を全開で、5月の爽やかな風を堪能しておりましたる時に、スゥ~と黒い影が目の前を横切ったのであります。
そう、アブ吉くんの登場です。
昔ながらの一軒家だから、サッシ戸がデカいし、高さも180センチ超はあるから、虫の皆様にとっては格好の侵入口となる次第。
一目で「コイツは刺さないタイプだな」と判別したものの、外に出そうと決意。
だって、室内に留まったままだとアブ吉は飢え死にするからね~。
生きとし生ける一寸の虫にも慈悲の心を向ける、当ブログの優しさの発露といえましょう。
片手にウチワを持ち、室内の照明をオフにし、叩かないようにウチワでアブ吉を追い立て、無事、外に逃がしてやりましたとさ。
「うん、無駄な殺生はしなかった。ホント、いい事をしたな~。今日も昼酒が美味いぞ」と我ながらご満悦。
ほんの小さなことでも、大袈裟に自分をほめること、これが大事なポイント。
大層機嫌よく、久々にCD『志ん生十八番集㊀』を聴きながら、「昼呑みの肴は何にしようかな~」と楽しいシミュレーションに浸っておりますと、またまた、謎の小飛行物体が、視界の端っこに飛び込んで来たのであります。
アブ吉~、またお前かよ~。
おそらくは同一個体であろう無毒・無害のアブが、再度、部屋に入って来やがったわけ。
もう、ちょっと~、やめてよね~、せっかく室内から屋外に出してやったのに~。
「しょうがないな~、アブ吉~」と人語を解さぬ羽虫に呼びかけるのをグッとこらえ、居間の電灯を消し、ウチワを使ってアブ吉を家の外へと誘導する。
「あばよ~、もう二度と会うことはないだろう」と何処かで聞いたようなセリフを心中呟く。
せっかく、志ん生の名調子を堪能していたのに、アブ吉め。
気を取り直し「コーヒーブレイクとしますか」ってな感じで、UCC「職人の珈琲」の「青」を選んで、お湯を注いで。
ブラックで楽しんでいると、またまた、性懲りもなく、すでに顔見知りとなった「忘恩の徒」が闖入。
うんざりしながら、再々度、アブ吉を家の外へと追い出す際の面倒くささ、やるせなさ、虚脱感ときたら。
このごろの日本は四季から二季へと劣化しつつあるから、清々しい午前中は超貴重ゆえ、梅雨入り前に春の名残りを満喫したい。
だから、頼む、アブ吉よ、もうこれ以上邪魔をしないでくれ、と天にも祈る気持ち。
すると、志ん生が「チュウ!」とネズミの鳴きまね。
その「チュウ!」に反応したわけでもなかろうに、ま~た入って来やがった、アブ吉の外道が。
ハイ、キレました。
憤怒の形相でウチワを手にすると、狙いすましてバチン!
哀れ、アブ吉は壁にバシッと激突した後に、床にポトンと落下、ピクリともせず。
即死でございます。
南無~。
俗に「仏の顔も三度まで」と言いますように、温厚で慈悲深い私めも、ついに堪忍袋の緒が切れてしまいにけり。
アブ吉の死骸を窓から外へポイ捨てしながら「恩を仇で返しやがって」と毒づいたのは言うまでもなし。
さて、常連の皆さんもすでにお気づきのように、今回の「一匹のアブの死」物語は多くの論点を孕んでおりますです。
人と野生生物との関わり合い、人間の身勝手さ・ご都合主義、自然界の摂理・適者生存、仏教の「殺生戒」の是非、アブ等が人家に侵入する原因の考察などなど。
さらには、サッシ戸から1メートルほどの敷地内に投棄したアブ吉の遺体がその後、小一時間のうちに忽然と姿を消した事実は何を意味するのか。
おそらくは、アブ等を好む捕食者が持ち去ったのであろう、断わりもなく。
モズかスズメか、はたまたカナヘビかカエルか、それとも大型のアブ・蜂のたぐいか、この点も興味深い考察の対象となりそうだ。
というわけで、本音を言えば、ただ単にカッとなってアブ一匹殺した日常の一コマも、理屈をこねれば別テーマのブログネタにもなりそうというのが、今回の内容でした。
お後がよろしいようで。