まず、タイトルの日本語表現に誤りがある。
アブ吉の「死」ではない。
アブ吉は「殺された」のであります、哀れなことに。
自分で叩き殺しておいて、さもアブ吉が自然死したかのように「アブ吉の死」と書くところに欺瞞・偽善が炸裂しておりまする。
ホント、我ながらメチャクチャ性格が悪い。
少しは反省しないとね、って口先だけ、へへ。
しかしですね~、今回言いたいのはですね~、「殺生戒を守るなんて不可能じゃないんか~い!」ということ。
言うまでもなく、仏教における「殺生戒」とは「生き物を故意に殺してはならない」との戒律。
「不」をつけて「不殺生戒」と表記することの方が多いのかも。
話を戻すと、「そもそもの話が、不殺生戒を守るのは無理でしょ?」と言いたいわけ。
すいません、つい先日もアブ吉がしつこかったのでカッときて、ウチワでクリーンヒット!
虫や小動物も大切な「生命」だと見なすのなら、私めは殺生戒を破りまくり、無視しまくり、って虫だけに。
こんな感じで全く悪いとは思っておりませんです。
が、しかし、開き直らさせていただくなら、日本人の中にアースなり、金鳥なり、フマキラーなりの製品を使ったことがない者がはたして、存在いたしますでしょうか?
腕に止まって、旨そうに血を吸っている蚊の野郎を狙いすまして、平手で一撃!
潰れて絶命しやがった蚊に「ざま~みやがれ!」と毒づいた経験のない聖人君子が、令和の日本におりますでしょうか。
日本人によって殺戮されたダニ、蚊、ゴキブリ、毒バチ、シロアリ、ムカデ等々の総計は星の数ほどに達するはず。
とここまでウダウダ書いたのは、頻繁に虫を殺しまくっている我が身を正当化しているのであります。
当ブログの見苦しい弁明はこの程度にして、今後の対昆虫・対小動物用の行動指針を考えてみますと、、、
*無害・無毒の昆虫・小動物等は三回までは無罪放免とし、四回目は容赦なく命をとる。
*有毒・危険昆虫や危険生物の場合は勝てそうなら初回から殺しにいくが、ヤバイ相手ならやり過ごすか逃げる。
(危険昆虫の代表はスズメバチあたりで、身近にはマムシもイノシシも熊もいない)
とまあ、こんな感じで今後、対処していこうかな。
あ、蚊やゴキブリは視界に入った瞬間に、脳内にゴーサインが出ますけどね、無論の事。
とにかく、私のような凡夫には「不殺生戒」を守ることなど到底できませ~ん。
では、ここで参考(?)のために、テーラワーダ仏教(=大乗仏教がいうところの小乗)の著名な長老アルボムッレ・スマナサーラ師による「不殺生戒」の解説を引用してみましょう。
以下、「 」の部分がスマナサーラ師のお言葉でございます。
⇒「人は自分の怒り憎しみによって、他の生命に害を与えたくなる感情に陥る」
長老のご指摘の通り、アブ吉に対する「怒り」によって、叩き殺しましたることを告白します。
⇒「殺生戒を守る人は、己の心の中にある怒り憎しみ愛着などの感情に打ち勝たなくてはならないのです」
当ブログは怒り憎しみ愛着などの感情に、常に流されております。
⇒「戒に例外をつけておくと、人格は向上しない」
3回までは許すけど4回目は容赦しない等の「例外」を設けている私めは人格が向上しないということ。
ということで、アブ吉の死、いや、アブ吉殺害の実例からテーラワーダ仏教の教えにもほんの少し触れることができた。
アブ吉、君の命を決して無駄にはしなかったぞ、って自分で殺しておいて、ハハハ。
迷わず成仏してくれ、アブ吉、君のことは決して忘れはしない!
今回、記事作成にあたって、テーラワーダ仏教のことを少々調べたので、またネタにするかもしれませんです。
それでは、お後がよろしいようで。