小学校の平和教育で吊るしあげられたのは、どこのどいつだぁ~い? アタシだよっ!

にしおかすみこ風タイトルでございます。
懐かしいな~。
今もお笑い番組で活躍してるかどうかは知らんけど、結構好きな芸風だったな。

では、本題へと入りましょうか。
そもそも、平和教育とか平和学習なるものが何なのか、よくはわからんのだが、、、
あれは、小学校三年生の時だったな。

担任教師が、何やら熱心に演説をぶっておりました。
細かい内容は記憶にないが、要は、戦前の日本が悪いことをしたとか、日本人は反省する必要があるとか、日本に軍隊はいらないとか、、、
まあ、左翼陣営を支える日教組教員が言いそうなことですよ。
連中の脳内はマルクス・レーニン主義とGHQ史観の二本柱で構成されておりますからな。

担任が何かに憑かれたような表情で、戦前の日本軍を罵倒し、平和の尊さを讃えるのを、ガキながらに「この人、なに興奮してんだろ?」と醒めた目で眺めておったものです。
というのも、大東亜戦争に陸軍の一兵卒として従軍した祖父から「負けたから、日本が悪者にされただけ。 戦争は勝たなきゃだめだな」と常日頃から言い聞かせられていたので。

左翼教師が熱弁を振るっている時に、クラスの女子が「先生、〇〇君たちはいつも『ゼロ戦は凄い』とか『ドイツ軍の戦車がカッコいい』とか言ってます」とチクリやがったのでございます。
この御注進を受けて、烈火のごとく怒った担任は、私と仲間数人を起立させやがった。
そこから、社会党員だか共産党員だったであろう教員から、ガキ数匹は徹底的に糾弾されましたとさ。

今ならね~、こちらも論理的に反駁しますけどね~。
当時は8歳か9歳のお子様ですから、やっぱり、大人が激しい剣幕で怒鳴りまくると気圧されてしまうのよ、これが。
教室で立たされ吊し上げられると、悔しいやら恥ずかしいやら、でもチョッピリ可笑しかったり、なんとも複雑な心境。
しかし、平和授業かなんか知らんけど、極めて戦闘的な態度でガキどもを懲らしめた教員ではあったな。

結局、当時の「平和教育」とか「平和授業」の内容は、現場の教員の裁量によるところが大きかったのであろう。
なぜなら、国語や算数のように教科書があるわけではないから。
となれば、左傾教師のやりたい放題。
日教組上層部の指示通りに、青少年赤色化計画に邁進していたのでしょうな。

ホント、左翼って勢力拡大のために真摯に取り組むよな~。
朝日新聞の「天声人語書き写しノート」戦術もすでに紹介したし。
まあ、朝日の場合は金儲けも兼ねて「一石二鳥」なわけだが。

吊し上げられた時は心底不満だったが、今にして思うと、あの担任にも諸々の事情があったのかもね、って知らんけど。
昭和の時代は日教組の組織率が非常に高かったから、同調圧力も凄かったであろうな。
ほとんどの職員が日教組なんだから、新卒で採用されて「私は、組合には入りません」と断る度胸がある新人教員がどれほど存在したか。

と、なんだか、日教組教員の立場を慮っているような文言を並べましたが、たまには「敵に塩を送る」のもイイかな、な~んてね。
その舌の根の乾かぬ内に、攻撃に転じると、今も昔も日教組って視野が狭くて、勉強不足の連中の多いこと。

小学校の男子が、戦闘機・軍艦・戦車などの兵器に関心を持ち、そのフォルムやスペックに興奮するのはごく自然なことだと思うのだが、別に心理学を勉強したわけではないけど。
一つの仮説として、狩猟採集時代に男にとって武器は必需品であり、近代兵器はその延長線上にあるからメンズの琴線に触れるというのがあるらしい。

しかしながら、無学で偏向した日教組教員の脳内では、「児童が兵器に興味を持つ=戦争賛美」というトンチンカンな図式が成立するようだ。
頭は付いているようだが、論理的な思考はできないのであろう。

つい先日も、日教組あがりで立憲民主党の古賀千景議員が「経済的に厳しい子どもたちが自衛隊に行く。豊かな子どもたちはならない」との発言をして、問題視されている。
古賀氏はその後、すぐに謝罪したが、各方面から古賀氏の失言を非難する声明が出されているようだ。
この件は、また改めて記事にしようかな。

話を戻すと、小学校3年生の時に日教組教員からボロクソに叱責されたおかげで、すっかり左翼嫌いになりました。
どうも、ありがとう!
現在、私めは保守の端くれとなりまして、細々とブログ記事を作成しておりますです。
その意味では、あの担任はこちらを赤色に洗脳すること能わず、逆に保守派を増やしたわけですな。

~ クラスの児童に左翼思想を植え付けようとして、逆に左翼嫌いを増やしたのは、どこのどいつだぁ~い? ~
~ 小学校三年の時の担任だよ! ~

締めも、タイトルと同様、「にしおかすみこ風」でキメてみました。
お後がよろしいようで。