徳川家光というおぼっちゃん将軍がいた。
この三代目が採用した鎖国政策によって、17世紀中ごろまでは世界最強国家であった日本は、二百数十年の時をかけて徐々に弱体化し、幕末には黒船の威容と西欧列強の軍事力に屈し、開国した。
何度もブログネタにした通り、1856年に下田に着任した米総領事ハリスの計略にまんまと騙されたのだ。
悪漢ハリスは「清仏戦争に勝利した英仏軍が数十隻の軍艦で日本に押し寄せてくる」との虚偽情報で幕閣を脅す。
大老井伊直弼が孝明天皇の勅許のないままに、不平等条約である「日米修好通商条約」に調印したのが、1858年6月のこと。
1860年、井伊は激怒した攘夷派志士に桜田門外で暗殺された。
井伊はこの世を去ったが、不平等条約は残った。
幕府は同様の条約を他の列強とも締結した(安政の五か国条約という)ので、当然、欧米諸国との貿易が始まる。
この対日貿易で、西欧諸国は莫大な利益を得た。
その理由は多々あるが、本記事ではそのうちの一つに焦点を当てる。
それは、ズバリ、金の銀に対する交換比率だ。
当時、外国での金銀交換比率は、「金1=銀15」であるのに対し、日本では「金1=銀5」であった。
以上が通説で、これに関しては後ほど細かく見ていこう。
欧米人は笑いが止まらなかったであろう。
日本に銀を持ち込んで金と交換すれば、ノーリスクで3倍のリターンとなるのだから。
外国人が日本で銀貨を金にかえて持ち出したため、莫大な量の金が海外に流出し、その額は10万両を超えたという。
当時の金銀交換比率の相場を知らなかった日本人がバカだったのだ。
鎖国のせいで海外事情に疎かったし、外交らしい外交もやってこなかったから、日本人を手玉に取ることなど西欧人にとっては赤子の手をひねるようなものだったに違いない。
ホント、家光と当時の幕閣は視野の狭い、内向き志向集団だし、四代将軍以下も代々馬鹿正直に愚策を受け継ぐことだけが取り柄(?)の連中。
大東亜戦争敗北の遠因は、江戸幕府の「徳川家第一主義」による国力弱体化にあると指摘する識者もいるほどだ。
さて、話を「金銀交換でノーリスク三倍リターン」に戻そう。
実際に海外勢が日本で行ったトリックは以下のやり口だ。
1 大悪党ハリスが「通貨は同種(金は金、銀は銀)を同じ重さで交換するのが国際標準である」との虚言を大真面目に主張し、幕府にこの無理難題を吞ませてしまった。
2 この「同種同量交換」を適用すると、ドル銀貨1枚=一分銀3枚となる。
3 日本の一分銀は4枚で1両であったから、ドル銀貨4枚で一分銀12枚と交換してから、その12枚を小判3枚に変換する。
4 手にした小判3枚を海外に持ち出し、ドル銀貨に変えると12枚に増えるというマネーゲーム(詐欺だろ!)。
以上のように、ドル銀貨4枚⇒一分銀12枚⇒小判3枚⇒ドル銀貨12枚という手口で欧米人は莫大な利益を手にした。
もちろん、稀代の卑劣漢ハリス自身もこの両替にせっせと励み、私財を増やしたことを日記に書き残している。
ハリスという巨悪の狼藉三昧は多くの日本人に認知して欲しい史実だ。
いくら経済・外交オンチの江戸幕府だからといって、手をこまねいていたわけではない。
とはいうものの、幕府の対策によって国内をインフレの嵐が襲うことに、、、トホホ。
急激な金海外流出に慌てた幕府は、国際的な金銀比価に合わせるために万延小判を新たに鋳造し、金の含有量を天保小判の三分の一とした。
これが「万延貨幣改鋳」と呼ばれる政策で、国内では天保小判1枚を万延小判3枚と引き換えたために、通貨供給量が膨れ上がりハイパーインフレを引き起こす。
つまり、貨幣の実質的な価値が低下したために、物価上昇につながって武士や庶民の生活が圧迫された。
当然、貿易や外国人に対する反感が高まり、攘夷運動の高揚へと結びついていく。
一方で、利にさとい商人は、小判改鋳情報を事前に仕入れ、天保小判の買い占めによって巨万の富を得た。
その代表格が三井である。(⇐これは、またネタにするかも)
それにしても、つくづくハリスという輩はとんでもない極悪人である。
こやつの詐欺(=同種同量交換の強要)と私利私欲のせいで、一国の経済状況が大混乱に陥ったのだから。
しかしながら、外交とは武力を用いない戦争であるから、「勝てば官軍負ければ賊軍」だ。
鎖国ボケで国際事情に暗い幕府が甘ちゃんだったから、西欧列強から手玉に取られたというわけ。
幕末で海外に流れた金は、かつては50万両とされていたが、最近の研究では10万量程度だとの算定もある。
また、一説にはそこまで巨額ではないとの見方もあって、詳細は不明のようだ。
いずれにしても、鎖国のツケはとてつもなく大きかったことだけは確かである。
追記
幕末の通貨問題を解決するためにアメリカ政府と交渉を行ったのが、小栗上野介である。
小栗は、数か月間にわたり通貨問題をめぐりアメリカと協議したのだが、、、
聞くところによると、再来年(令和9年)度のNHK大河ドラマは『逆賊の幕臣』という幕末モノらしい。
主人公は小栗上野介忠順であるから、この金銀交換比率の件も劇中で描かれるかもしれない。