女性天皇についての基礎知識 その3(元明天皇)

推古天皇、皇極(斉明)、持統天皇とこれまで三方四代の女性天皇を紹介しました。
今回は元明(げんめい)天皇です。

念のため、八方十代の女帝を再確認します。

推古~皇極(斉明)~持統~元明~元正~孝謙(称徳)~明正~後桜町

前回は持統天皇でしたので、持統女帝から元明天皇までの皇位継承の流れを、まず見ていきましょう。

天武天皇の後に、持統(女帝)~文武~元明(女帝)と継承され、文武天皇の前後が女性天皇となります。
繰り返しになりますが、飛鳥から奈良時代にかけては、女性天皇が活躍します。
ちなみに、文武(もんむ)天皇は天武天皇と持統天皇の孫にあたります。

◎ 元明天皇(661~721年)

元明天皇の父は天智天皇ですので、言うまでもなく、男系の女性天皇です。
先述の「持統~文武~元明」の流れをみてください。
文武天皇の先代持統天皇が文武帝の祖母であることは前回に紹介しました。

文武天皇の次に即位した元明天皇は、文武帝の母にあたります。
実は、日本史上、子(=文武)から母(=元明)への皇位継承というのは先例がありません。
このあたりの事情には、当時権勢をふるっていた藤原不比等の思惑も大いに関係しているようです。

ご存じ、不比等は娘を天皇に嫁がせ、生まれた子の外祖父として権力を握りました。
不比等の娘である宮子は文武天皇の夫人であり、二人の間には首皇子(おびとのみこ 後の聖武天皇)が生まれました。
文武天皇が数え25歳の若さで崩御したとき、首皇子はまだ幼かったのです。
それでは、明治天皇の玄孫である竹田恒泰氏の解説を引用します。

⇒「宮子が産んだ首皇子がまだ7歳の子供だったため、皇子が成長するまでの中継ぎ役として、文武天皇の母親が即位した。それが元明天皇だった。(中略)
元明天皇は天智天皇の皇女で、天武天皇の子である草壁皇子(くさかべのみこ)の妃であった。
元明天皇は、文武天皇の母の資格で即位したのではなく、天智天皇の子の資格で即位した。
また、これまでの女帝は推古天皇以来、元皇后だったが元「妃」が即位したのも初めてのことである」

竹田氏は、元明天皇の即位は不比等が権力を掌握する布石として行われたのではないかと推測しています。
不比等の孫である首皇子は、後に聖武帝として即位しますから、竹田氏の指摘は正しいと思われます。

さて、元明女帝に関しては

*息子から母親への皇位継承は史上初である。
*元皇后ではなく、元妃が即位したのも先例がない。

という二つの「史上初」を再確認しておきたいです。
それでは、元明天皇の時代を少しみていきましょう。

*707年 元明天皇即位
*708年 武蔵国秩父郡の和銅献上により改元(⇒和銅元年)
*710年 平城京に遷都
*712年 『古事記』完成、越後国出羽郡を割き出羽国をおく
*713年 丹後・美作・大隅国を新たに設置

奈良の都は平城京。
唐の都長安をモデルにした条坊制を持ち、南北約4・8キロ、東西約4・3キロに広がる都市です。
平城宮は、「天子南面」の思想に基づいて、平城京の最北端に位置します。
持統天皇の藤原京の場合は、宮は京の中心部に置かれました。

708年の「和銅献上」といえば、例の「和同開珎 わどうかいちん」がすぐに頭に浮かびます。
昔は、「わどうかいほう」と習った気もしますが、この辺はややこしそうなのでそっとしておきます。

712年に完成した『古事記』は有名すぎますね。
宮廷に伝わった「帝紀」「旧辞」に天武天皇が検討を加えたものを、稗田阿礼によみならわせ、のちに太安万侶が筆録したものが『古事記』です。
ちなみに、『日本書紀』の登場は720年で、時の天皇は元正天皇。

元明天皇の時代は朝廷の支配領域が拡大します。
前述の通り、712年には出羽国をおき、出羽柵や多賀柵などを築いていますが、この多賀柵がのちの多賀城です。
九州南部にも進出し、日向の国をさいて大隅国を設け、多褹(たね)島(=種子島)なども領土に編入しました。

つまり、8世紀の初めは、蝦夷(えみし)や隼人(はやと)に対する統治が進んでいく時代なのです。
ただし、先ほど言及した多賀城の設置は724年ですから、聖武天皇時代のことです。

話が前後しますが、713年には国ごとの自然や物産、歴史や風俗などを筆録した『風土記』が編纂されたことも重要でしょう。
712年の『古事記』と合わせて再確認しておきたいですね。

最後に元明天皇と持統天皇の関係に触れておきます。
持統天皇も元明天皇も父親は天智天皇ですので、持統・元明両女帝は姉妹となりますが、母親が違うので元明天皇にとって持統天皇は異母姉にあたります。

さらに、元明天皇の夫である草壁皇子は天武天皇の息子ですから、持統天皇は元明天皇にとっては夫の母、すなわち、義理の母にもなります。
少々複雑な血縁関係でございます。

それでは、元明天皇についてはここまでにしたいと思います。
次回は、元正天皇の回となる予定です。

常連の皆さん、最後まで読んでいただきありがとうございます。