青木部長から連絡があった。
かなりお怒りの御様子。
「ちょっと~、最近の日本史ネタはマニアックすぎるんじゃないの~。もっとさ~、気軽に答えられるようなものを取り上げてよ~」と言葉はきつくはないが、ご機嫌斜めのようだ。
なんといっても、青木部長は当ブログの常連さんであり、精力絶倫のツワモノであり、ニッコリ笑って人を倒す凄腕でもある。
部長のリクエストとあれば、喜んで応えずばなるまいて。
この「なるまいて」は、白影が好む言い回し、ってコレは以前も書いたな。
それでは、部長、準備はいいですか。
第一問は、戦国の世から。
*織田信長は、将軍( )を1573年に追放して、室町幕府を滅亡させた。
ちょっと、易しすぎましたか~。
もう、常識中の常識。
もちろん、正解は足利義昭。
第二問も、戦国時代がらみ。
*大坂城は( )の跡地に築かれた。
これはどうですか、部長。
まあ、楽勝でしょう。
答は、、、、
石山本願寺が正解。
大坂城の築城開始は1583年。
こちらの年号を尋ねるほうが難度は上がるかな。
第三問も同時代でいきましょうか。
*豊臣秀吉は宣教師の国外追放を命じる( )を1587年に博多で出した。
部長~、こいつはどうですか。
え、「逆に、易しすぎるんじゃない?」ですか、、、、
この設問も、年号や場所を( )にして問うほうが受験生には答えにくくなるはず。
さて、気になる正解は、、、、
ズバリ、バテレン追放令でございます。
問題文中に「宣教師の国外追放を命じる」と書いてあるんだから、、、
だったら、あとは「バテレン」というキーワードを思い出すだけ。
さすがに、ちょっと歯ごたえが無さ過ぎかもしれません。
少しレベルをあげましょうか、、、
第四問は江戸時代からの出題。
*徳川家康を祀った日光東照宮は( )造の建築物である。
さあ~、これは大丈夫ですか。
日光東照宮といえば、徳川家康を神格化した東照大権現が主祭神として祀られているわけですから、、、
そうです、答えは、、、、、
権現造(ごんげんづくり)というわけです。
磯貝老師や岡谷修行僧から「ん~、物足りん!」というツッコミが入りそう。
歴史通のお二方には、朝飯前の部類になるはず。
ここで、すこしだけ関連情報。
日本史学習で頻出する建築の「~造」をいくつか復習します。
*東大寺の正倉院宝庫は校倉造(あぜくらづくり)です。
*平安貴族の邸宅が寝殿造(しんでんづくり)であるのは日本史の常識(?)。
あと、室町時代の金閣も伝統的な寝殿造です。
*一方、銀閣は書院造(しょいんづくり)風を基調としておりますです。
*書院造に茶室をとりいれた簡素な数寄屋造(すきやづくり)の桂離宮の書院はあまりにも有名。
それでは、第五問は幕末から。
*島津久光の行列を横切ったイギリス人が殺傷された( )は、薩英戦争のきっかけとなった。
これも簡単すぎましたかね~。
でも、青木部長のリクエストですからね、気軽に答えられる設問を出すのが。
皆さん、答えが頭の中に思い浮かびましたか。
そうです、正解は、、、、、
生麦事件ですね、1862年におきた。
翌年、イギリス艦隊がその報復として鹿児島を砲撃。
まあ、この辺は幕末を描いたドラマでは鉄板ネタでしょう。
最終問題も幕末が舞台ですが、やや難のものを選びました。
とはいっても、入試としては中級レベル。
*王政復古の大号令が発せられた日の夜、三職による( )会議で、徳川慶喜に対する辞官納地を命じた。
さて、これは何という会議でしょうか。
周知のように、慶喜自身はこの会議には参加しておりません。
自分がいないところで、辞官(=内大臣の辞退)と納地(=領地を朝廷へ返上)が決まってしまったという、、、、
この会議とは、、、、、
そうです、小御所(こごしょ)会議といいます。
朝廷側の岩倉具視・大久保利通の奸智により、旧幕府側の山内容堂・後藤象二郎がまんまと嵌められたと指摘する史家もいます。
当然、旧幕府側は小御所会議での決定に強い不満を持つことになりますね。
そこから、鳥羽・伏見の戦いへと、、、
ということで、問題はここまでにしたいと思います。
青木部長の機嫌は少しは良くなったでしょうか。
部長~、こんな感じでよろしいですか~。
今回はこれにて打ち止めとします。
それにしても、日本史ネタは豊富過ぎて、なにを選ぶか目移りしますね~。
いやはや、贅沢な話でございます。