自民完勝と中道惨敗を受けて、左派メディア・学者たちの恨みつらみ、負け惜しみの声がむなしく響く、今日この頃。
リベラルどもの怨嗟、周章狼狽、困惑に満ちたコメントを目にしたり耳にしたりするのが、これほど楽しいものとは!
左傾頭の多くが「選挙の人気投票化はおかしい」と叫ぶ。
リベラル陣営お抱えの大学教授やら評論家どもが苦々しい顔つきで「国政選挙が推し活化した。ゆゆしいことだ」と説教口調でのたまう。
つくづく、思う「左翼文化人って身内に甘いご都合主義者だな」と。
高偏差値の大学を卒業していても、左傾斜の脳ミソのせいで常識的判断能力に欠け、事実を事実として認識することができないようだ。
選挙なんて、最初から人気投票に決まっている。
なにを、今さら、、、
左翼コメンテーターは、自分が一番選びたい候補者に一票を投じるだろう。
左翼学者は比例代表の投票先に支持政党を選択するはずだ。
その選択行為自体を「人気投票」と呼ぶのだ、世間一般では。
つくづく、リベラル陣営の偽善・欺瞞・独善に呆れ果ててしまう。
左傾学者・文化人の脳内を以下に可視化してみよう。
⇒自分たちは熟議・熟考したうえで、候補者に一票を投じているから、この選択は理性的な判断であり、「人気投票」ではない。
⇒一方、多くの有権者は高市氏の短期決戦という策略に乗せられ、政治に関する知識も乏しい中で、アイドルを応援するかのように自民党に投票してしまった。これこそ、「人気投票」である。
要は、自分たちは「賢明で、理性的で、正しい」選択ができるが、大多数の有権者は「愚かで、感情的で、誤った」選択しかできない、と左翼は考えているのだ。
ここに、左派インテリ層の傲慢・増長・独善と大衆蔑視がありありと見てとれる。
今回、左派が衆院選を「人気投票」と断じたのは、自民が圧勝したからで、もしリベラル政党が健闘していたら、「有権者の正義の審判」とかなんとか評していただろう。
ご都合主義にもほどがある。
さて、もう一つのキーワード「推し活」に移りたい。
左派勢力の中に、今回の敗因に「選挙の押し活化」を挙げるものがいる。
ホント、この連中に言いたい「ことば遊びをしても、本質はつかめませんよ~」と。
選挙とは、自分が「応援」している候補者・政党に票を投じる行動だ。
この「応援」のことを、今風には「推し」と呼んでいるのだ。
つまり、選挙応援活動とは、そもそも「推し活」である。
政治家の後援会とは、何があっても候補者を応援する「固定的で組織的な推し活」組織に他ならない。
石破茂という凡庸な政治屋は、当ブログの勘違いでなければ、世襲三世議員だと思う。
なんの実績もない石破を、後援会が組織的に、粘り強く「推し」ているからこそ、今回も当選したのである。
野党の中には、労働組合がバックについているところがある。
労働組合という大票田を持つ団体の応援も、「組織的な推し活」であることは明白だ。
また、宗教票も信者による「組織的推し活」が生み出すものであり、創価学会の「フレンド票」獲得行動にいたっては、「推し活」の強要である。
まあ、左派陣営としては、いわゆる「無党派層」の多くが自民を支持したことを「推し活化」と定義づけたいのかもしれない。
しかし、これもご都合主義だろう。
仮に、無党派票が野党側に大量流入していたら、左派メディアは誇らしげに「無党派層の良識」とかなんとか持ち上げていたはずだ。
さて、ここで大雑把に区別するならば以下のようになるかもしれない。
*組織的・固定的・長期的な「推し活」=後援会・労働組合・宗教団体・業界団体等による応援
*個別的・流動的・短期的な「推し活」=無党派層からの浮動票流入など
当ブログの上記分類に従えば、左派論客の言う「選挙の推し活化」というのは、下のパターン、つまり「個別的・流動的・短期的な押し活」によって、「大量の浮動票を自民が獲得した事実」と同義だと見なしてもいいと思う。
そして、この浮動票の大量流入を自民党に呼び込んだのは、同党の極めて優れた選挙戦略と高市総理の圧倒的な人気によるものだ。
おそらく、高市総理と側近たちは、前参院選における参政党の「SNS選挙戦術」を徹底的に研究したうえで、自民党流にヴァージョンアップし、物量作戦を展開したのであろう。
石破という愚将の無策と不人気のせいで参院選で大敗した自民ではあったが、敗戦から多くを学び、高市総理という名将の陣頭指揮のもと、今回は完勝を収めた。
一方、勝負勘のない凡将中の凡将である野田は、創価学会票に目がくらんで公明と組み、中革連なる過激派か暴走族を連想させる名称の新党を結成したものの、惨敗し、立民は壊滅した。
左派・リベラル政党を「推し」ている左傾論客は、「今回の解散権行使は悪辣な手法だ」「高市氏は選挙を人気投票にすり替えた」「奇襲攻撃的な解散をしかけた高市氏が悪い」などと歯ぎしりしている。
なにを甘いことを言っているのだろうか。
選挙とは民主制における権力闘争であり、血を流さない戦争だから、文字通りの「殺人」以外は何をしても許される。
高市総理の超短期決戦は違法ではないし、中革連の野田は「常在戦場」という言葉が大好きだったはず。
まあ、口舌の徒である野田は、今回の惨敗後のコメントでも「万死に値する」とかのたまったそうな。
そろそろ、本記事を締めくくろうと思う。
タイトル中にあるように、民主制における選挙とは、元々、人気投票であり推し活である!
以上。
追記
今回の衆院選結果は、様々なことを考えさせてくれる。
中でも、左翼・リベラル側の偽善・欺瞞・独善が、以前にも増して露骨に肥大した点が非常に興味深い。
これは、連中の断末魔の叫びなのか、、、