令和版『仮面の忍者赤影』を観ていると、つい、昭和版と比較してしまう。
甲賀幻妖斎は天津敏さんの方が適役だったなとか、令和の赤影は仮面を外しすぎだろとか、、、
中でも、大きな違和感を覚えるのは、令和の青影が子供ではないこと。
やっぱり、青影は少年忍者じゃないとね~、と昭和世代のオヤジどもは思っているはずだ。
不気味な敵忍者を向こうに回し、小さな身体で奮闘する青影の姿に、昭和のガキどもは声援を送ったのだ。
青影の定番「だいじょうぶ」「がってん、がってん、しょ~ち」を何度、真似したことか!
さあ、前振りはこのぐらいにしておかないと、青木部長から「おい、早く『入浴』の件を書け!」と激怒されそうだ。
そう、タイトルに偽りなしで、昭和の青影は東映の女優さんと一緒にお風呂に入っていた!
青影を演じた金子吉延さんの言葉を正確に引用する。
⇒「闇姫役の岡田千代さんとは『ワタリ』のとき、よく一緒にお風呂に入りました。彼女は女子寮に住んでいたんですけど、僕もなぜかその寮に住んでいたんです」
正確に言うと、青影としてではなく「ワタリ」役だった時に、赤影・金目教編で「闇姫」を演じた岡田千代さんと女子寮のお風呂に入っていたということ。
青影~、ケシカランぞ、お主は!
羨ましすぎる!
常連の皆さん、ぜひ、「岡田千代、女優、画像」でネット検索してみてください。
著作権の関係からか、あまり多くは出てきませんが、若くてお奇麗な岡田さんを目にすることができます。
ホントにもう、青影~、もとい、金子吉延さん、あなたはいい目を見たな~!
金子さんが「ワタリ」役をつとめたのが、おそらく小学校5年生ぐらいの時期であろう。
金子さんは昭和30年6月生まれで、映画『大忍術映画 ワタリ』の公開が昭和41年7月。
撮影には3か月ぐらいを要したと金子さんは語っている。
金子さんによると、『ワタリ』の後、『赤影』に出演していたのが小学校5年生の3学期から6年生の2学期まで。
常連の皆さん、想像してみてください、映画女優と女風呂に入浴する小学校5年生当時の自分の姿を!
つくづく、大らかな時代だな、昭和は。
先ほどの引用部の続きを金子さんに語ってもらうと、、、
⇒「当時のニューフェイスの人たちとはほとんど一緒に入っていました。息を吞むくらいきれいな人で、いいものを見せてもらいました」
おい、青影、いや、金子、なにが「いいものを見せてもらいました」だ、この野郎!
しかも、岡田千代さんだけじゃなくて、当時の東映ニューフェイス女優の百花繚乱だと?!
やい、金子、もう「さん」付けなどしないぞ、、、、ってチョット興奮しすぎだな、大人げない、ハハハ。
う~ん、こうなってくると、あの頃の「東映ニューフェイス」の女優陣の顔ぶれが気になってくるな。
すぐにでも調べてみないとね。
それはそうと、せっかくだから『ワタリ』に関しても少々。
十分承知の常連さんもいるとは思いますが、あの漫画界の巨匠・白戸三平さんの有名な忍者漫画が『ワタリ』という作品。
これを映画化したものが『大忍術映画 ワタリ』、、、と知ったかぶりしておりますが、同作品は観ておりません。
すみません、皆さん、ただ、言い訳すると漫画の『ワタリ』は全巻読んでおります。
未読であれば、余裕がある時にでも一読を強くお勧めします。
傑作です。
ということで、青影役・金子吉延さんの「眼福」をテーマにした今回の記事。
お楽しみいただけたでしょうか、常連の皆さん。
もしかしたら、この続編もあるかも、、、、
追記
金子さんの発言は、坂口祐三郎と赤影支援会編『赤影参上!』(扶桑社)から引用した。
「処分していないはずだが、、、、」と実家の本棚を探したら見つかりましたとさ。
場所はとるけれども、書物は捨てずにとっておくと、ひょんな時に役に立つものだ。